2013年09月11日

月と風





風が 君の髪を 揺らしたら

僕のことを 思い出して

月が 細く 浮かんだら

僕のことを 思い出して

夏の終わりの つくつく法師

心は どこか うわの空で













馬から教わることがいっぱいあるんです。
詳しくは「ホースランドひがしせふり」のホームページで!
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Posted by どろんこハリー at 02:05 | Comments(8) | ・うま
この記事へのコメント
おはようございます(^o^)
高〜い空!
馬くんも気持ち良さそうな笑顔(^-^)

仕事をするにも、本当に楽になりましたε-(´∀`; )
さて、今日は棚卸し!
頑張るぞp(^_^)q

ハリーさん(^_^;)
私はバリバリの昭和のオンナ…。
ジャパニーズオンリーでございますσ(^_^;)ははは…(涙)
Posted by みみ at 2013年09月11日 07:21
1964年の東京オリンピックの開会式で自衛隊の飛行機が五輪の輪っかを空に上手に描き、それを見ました。高校一年生の秋でした。

その二ヶ月前、出来上がったばかりのオリンピックプールを使い、予行演習を兼ねて、東京都の高校水泳大会が行われました。へっぽこ5流選手の私も100、200mブレストで泳がせてもらいました。無論、予選落ちでしたがあの素晴らしいプールで泳いだのは良い思い出です。

記憶に残る場面のひとつ。
走る哲学者と呼ばれたエチオピアのアベベ選手。二位以以下を大きく離してマラソン二連覇。その二位で円谷選手が国立競技場に帰って来た。しかしその数十m後をイギリスのヒートリーが激しく追いかけて来る。円谷選手は気づかない。大観衆のどよめき。結局、ヒートリーに抜かれ三位でした。

後ろを振り向くのは卑怯だから前だけ見て走れと父親に言われていて、それを純朴に守ったのだと後で知りました。

後に円谷選手は故障し、もはや国民の期待に答えられないと自死。かれの残した遺書は、たくさんの親兄弟親戚の一人一人に、◯◯美味しゅうございましたと丹念にお礼を述べ、一種独特の音律をふんでいて美しくも物悲しい。川端康成がその文章を絶賛したのが記憶に残ります。いかにも昭和でした。
Posted by ジュリ at 2013年09月11日 08:21
お昼休みに開いてみて、びっくり&感動しました〜ヽ(;▽;)ノ

伝説として聞いていた場面を、リアルに体験されている方の話は、一層沁みます。
今度のオリンピック、ジュリさんの様にしっかりと心に刻みたいと思いました(^-^)
Posted by みみ at 2013年09月11日 12:31
選手が、オリンピックを楽しみたい。と口に出せるようになった現代は、円谷選手のような方々の築いた歴史のうえに成り立っているのですね。
とても哀しい話でした。

マラソンを観るのは好きです。
ただ走るシーンが延々と2時間続くだけなのに、なぜ釘付けになるのでしょうね。

私が印象に残るオリンピックをあげるとするならば、ロサンゼルス五輪のアンデルセン選手。
フラフラになりながらも、ゴールを目指すシーンは思い出すだけでも胸が熱くなります。
ご本人は最悪の試合と振り返っておられますが、観る人には感動をくれました。

思い出しても、清々しいのはシドニー五輪の高橋尚子選手。
かっこよかった!!
Posted by どろんこハリー at 2013年09月11日 20:17
競技場に戻ってからのアンデルセン選手の姿は良く覚えています。思わず立ち上がって声援しました。
仕事でロサンゼルスに三年住んでいて、オリンピックの一年前に帰国したばかりだったので、マラソンコースも知っているところが多くその分より興味深かったです。

30度以上の暑さの中、アンデルセン選手は水分補給に失敗し、熱中症になりフラフラで何度も倒れ込みながら立ち上がり、倒れてはまた起き上がり、ようやくゴールしましたね。係員が心配の余り触らんばかりに近づいて見守っていました。熱中症は時に命にかかわるので止めなかったコーチを責める声もありました。
でも、あの姿が多くの人の感動を呼んだのは確かです。

前半から独走しぶっちぎりで優勝したアメリカのベノイト選手の清々しい笑顔は高橋尚子選手につながります。優勝した選手はゴールした後も元気一杯なのはどうしてか? だから優勝出来たのかあるいは優勝した喜びがそうさせるのか、その両方なのか? 長くなるのでこの辺で終わります。
Posted by ジュリ at 2013年09月11日 21:28
ジュリさん、私もいつもそう思います(笑)
優勝した選手と二位の選手の疲労度の違い!
決勝に残る選手は、みんな頂点を狙って参加しているでしょうから一位と二位では雲泥の差なのでしょうね。
それにしても水泳の練習はキツかったです。
私は長距離の選手だったので人より練習量が多かったのも辛かった。
黙々と辛抱できるのは、この時に培った精神力のおかげだと今でも思っています。
今でもテレビで筋トレをしている選手をみると、吐き気がします(笑)
Posted by どろんこハリー at 2013年09月12日 10:14
ロサンゼルスにお住まいだったのですね。
住みやすいところですか?
20年以上前に一度だけ、同僚の知人を訪ねて二人でいきました。
初めてのツアーでない旅だったので片言以下の英語で、どうにかこうにか乗り継ぎをして(笑)
ディズニーランドやユニバーサルスタジオ、有名人の手形やHollywoodの看板と記念撮影(^-^)

観光地でないところでは、OH!アジア人!とジロジロ見られて外国気分を味わいました。
Posted by どろんこハリー at 2013年09月12日 10:27
私の高校の水泳部は三流以下。同好会レベルでした。泳ぐのは5月連休明けから9月上旬までの4ヶ月間。平日の練習時間は1時間しか取れないので2千mくらい、夏の合宿でも1日8千m。最近の一流選手は毎日十数㎞を一年中通して泳ぐそうなので桁違いです。

それでも5月はじめの水温は15度くらいしかなく冷たかった。しばらく泳いでいると身体が凍えました。へっぽこスイマーなりに楽ではなかったです。体力もかなりついたと思います。変なのは、走るのが遅くなったこと。中学時代は短距離、長距離とも学年で5番以内だったのに高校3年のころはどちらも真ん中くらいに落ちてしまった。あの頃は走るより泳ぐほうが楽になっていました。
ロスの話しは別の機会にします。
Posted by ジュリ at 2013年09月12日 17:59
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